ハス


 ある日の事でございます。御釈迦様おしゃかさまは極楽の蓮池はすいけのふちを、独りでぶらぶら御歩きになっていらっしゃいました。池の中に咲いているはすの花は、みんな玉のようにまっ白で、そのまん中にある金色きんいろずいからは、何とも云えないにおいが、絶間たえまなくあたりへあふれて居ります。極楽は丁度朝なのでございましょう。
 やがて御釈迦様はその池のふちに御佇おたたずみになって、水のおもておおっている蓮の葉の間から、ふと下の容子ようすを御覧になりました。この極楽の蓮池の下は、丁度地獄じごくの底に当って居りますから、水晶すいしようのような水を透き徹して、三途さんずの河や針の山の景色が、丁度のぞ眼鏡めがねを見るように、はっきりと見えるのでございます。

(芥川龍之介 「蜘蛛の糸」)

 蓮の花といえば、仏教というイメージで、極楽浄土には蓮の花がよく似合う。我々普通の人間には極楽浄土のイメージがつかみにくいので、蓮の花を思い浮かべることで極楽浄土をイメージできるようになるのかもしれない。イメージできないものには心はたどりつけない。