四苦八苦

スピリチュアリティー

 中学3年のときのこと、担任の先生が、受験に向かって勉強に取り組まないといけないと話をされていました。すると生徒会長で弁の立つМ君が「どうせ人間最後は死んでしまうので、勉強してもしょうがないじゃん」と大声で叫んだので、クラスのみんなはどっと笑って、先生も困ったような笑みをうかべていました。私は、彼が勉強したくないのであんなことを言ったんだ、と思い深く考えませんでした。

 しかし今考えてみると、М君の言葉は核心を突いていたんだと思っています。人間を待っているのは最後は死です。死んでしまえば勉強して得たものも無になるのではないか、というむなしさ。

 これは勉強のことだけではなく、人はなぜ生きるのか、という問題になります。苦労して生きても最後は死んでしまう、という事実。

 釈迦は、生まれること、老いること、病になること、死ぬことが苦である(四苦)、さらに嫌な人に会うこと、愛する人と別れること、求めるものが得られないこと、心身のはたらきが盛んであることも苦である(八苦)と説いています。四苦八苦という言葉がありますが、仏教由来の言葉です。

 これらの苦の中で、やはり最も大きいものはやはり死ではないかと思います。