釈迦は、29歳のとき出家して6年間の苦行ののち苦行では悟りへの道ではないと気づき、菩提樹の下で瞑想して悟りを開き、初めての説法で四諦(したい)を説いたとされています。
仏教の言葉は難しいものが多く、漢字を見ただけでは意味が分からなものが多いです。この四諦も難しい言葉の一つです。「四」は誰でもわかると思いますが、「諦」のほうは?です。漢和辞典で調べると、①いろいろ観察をまとめて真相をはっきりさせる。②まこと③真理。また、悟り。現代では「諦める」(あきらめる)という意味で使われています。仏教では③の真理という意味になります。
日本国語大辞典(小学館)によれば四諦とは、苦諦(くたい)、集諦(じったい)、滅諦(めったい)、道諦(どうたい)の四つの真理。苦諦は迷いのこの世はすべて苦であるということ。集諦はその苦の因は愛執であるということ。滅諦はその愛執を滅することが理想の涅槃の境地であること。道諦はその涅槃に至る因として八正道を実践修行しなければならないということ。
私自身「この世はすべて苦である」が真理と言われても、人生は苦だけでなく喜びもあるのではと思ったりします。「苦あれば楽あり」ということわざもあるし。しかし、そもそも釈迦は苦をどう考えていたのか。

