三毛子の自慢

リラックスタイム

 夏目漱石「吾輩は猫である」に登場する三毛子は、主人公(主猫公)の恋人(恋猫)です。三毛子は風邪をひいて死んでしまいますが、その後「回顧すればかく云
い
う吾輩も三毛子
みけこ
に思い焦
こ
がれた事もある。」と独白しています。三毛子は無邪気な猫で、悪気はありませんが「吾輩」を困らせることもありました。

「一体あなたの所
とこ
の御主人は何ですか」「あら御主人だって、妙なのね。御師匠
おししょう
さんだわ。二絃琴
にげんきん
の御師匠さんよ」「それは吾輩も知っていますがね。その御身分は何なんです。いずれ昔
むか
しは立派な方なんでしょうな」「ええ」

「あれでも、もとは身分が大変好かったんだって。いつでもそうおっしゃるの」「へえ元は何だったんです」「何でも天璋院
てんしょういん
様の御祐筆
ごゆうひつ
の妹の御嫁に行った先
さ
きの御
お
っかさんの甥
おい
の娘なんだって」「何ですって?」「あの天璋院様の御祐筆の妹の御嫁にいった……」「なるほど。少し待って下さい。天璋院様の妹の御祐筆の……」「あらそうじゃないの、天璋院様の御祐筆の妹の……」「よろしい分りました天璋院様のでしょう」「ええ」「御祐筆のでしょう」「そうよ」「御嫁に行った」「妹の御嫁に行ったですよ」「そうそう間違った。妹の御嫁に入
い
った先きの」「御っかさんの甥の娘なんですとさ」「御っかさんの甥の娘なんですか」「ええ。分ったでしょう」「いいえ。何だか混雑して要領を得ないですよ。詰
つま
るところ天璋院様の何になるんですか」「あなたもよっぽど分らないのね。だから天璋院様の御祐筆の妹の御嫁に行った先きの御っかさんの甥の娘なんだって、先
さ
っきっから言ってるんじゃありませんか」「それはすっかり分っているんですがね」「それが分りさえすればいいんでしょう」「ええ」と仕方がないから降参をした。吾々は時とすると理詰の虚言
うそ
を吐
つ
かねばならぬ事がある。(「吾輩は猫である」から)

 天璋院は江戸幕府第13代将軍・徳川家定の正室で、御祐筆はその秘書のような仕事をした人らしいです。つまり三毛子は自分の飼い主の身分が高かったことをいっています。そして三毛子は自分の説明に相手が困っていることには気づかず、自分が理解しているように相手も理解できると思っています。きっと三毛子への恋情も少し冷めてしまったのではないかと思います。

 それにしてもこの部分はなんとなくおかしく、落語の雰囲気が漂っています。私は、初めて読んだとき思わず笑ってしまいました。そして落語の「寿限無」を思い出しました。他にも、苦沙弥先生の家に泥棒が入った時の先生夫婦と巡査の会話も落語調でした。

 漱石は落語の作家としても才能があったのではと思います。